高知大学医学部では、平成19年より、地域に根ざした医療人の育成を目的とした課外実習「家庭医道場」を実施しています。医学科・看護学科の学生が県内の中山間地域に赴き、住民の方々と交流しながら、地域医療を学ぶ合宿形式のプログラムで、これまで馬路村や梼原町などで開催してきました。
特徴的なのは、企画段階から学生自身が関わる点です。実行委員となった学生たちが、「自分たちは何を学びたいか」「どうすればそれが実現できるか」を主体的に考え、実習内容を練り上げていきます。この姿勢と実践的な内容は多方面から高く評価され、マスコミにもたびたび取り上げられました。高知大学医学部を目指す受験生の中には、「入学したら家庭医道場に参加したい」と話す方もおり、本学を象徴する取り組みの一つとなっています。また、高知県や市町村会からも寄附という形でご支援をいただいており、地域全体で支えられていることも大きな特徴です。
しかし、令和2年度からはコロナ禍により、多くの学生が集まり住民と交流する家庭医道場の開催は困難となりました。令和5年、少しずつ日常が戻る中で、学生たちから再開を望む声が寄せられました。とはいえ、医療・福祉の現場では感染対策が引き続き求められており、従来の形式で再開するには慎重な判断が必要でした。
そんな中、学生から「民泊を取り入れてはどうか」という提案があり、馬路村に相談したところ、快くご協力いただけることとなりました。参加人数を絞り、滞在期間を3泊4日に拡大。地域とより深く関わる「シン・家庭医道場」として再始動しました。新たな形での挑戦に、学生も教員も期待と緊張を胸に臨みました。
令和6年3月と令和7年3月の2回の実施では、学生2名ずつが10軒のホストファミリーに滞在し、日常の暮らしに溶け込むように過ごしました。畑仕事や登校の同行、家族との食事や談話を通じて、地域の生活文化を実感し、医療にとどまらない視点から地域を理解する貴重な体験となりました。
また、村長さんの講話、馬路診療所の見学、保健·医療·福祉の多職種連携会議への参加といった、専門職としての視野を広げるプログラムも組み込んでいます。農協、社会福祉協議会、森林組合、小学校、温泉施設、建設会社など、地域の多くの事業所にもご協力いただき、産業や社会インフラの仕組みも学ぶことができました。工事看板に「○○さん宅上流100m通行止め」といった表記から地域の密接なつながりを感じたり、ごみ処理施設での大量のビール缶から住民の健康意識を考察したり、柚子の棘の鋭さに驚き農作業の大変さを想像したりしていました。最終日にはグループワークで各自の体験したことを持ち寄り「村にとって必要な医療とは何か」をまとめ、住民の前で発表しました。
ホストファミリーからは「夢のある若者と過ごせて楽しかった」「本当の孫が来たようだった」との声も寄せられました。別れ際には涙を浮かべる姿も見られ、実習後も連絡を取り合う学生もいます。このような人とのつながりが、学生にとって大きな学びとなります。
家庭医道場で地域医療のあり方を深く考えた学生たちは、卒業後、県内外で医師や看護師として活躍しています。中には、馬路村や梼原町で実際に医師や保健師として働くようになった者もいます。今後も、地域に根ざした医療を担う人材が育っていくことを、私たちは心から願っています。